菓子函 〜ロジカル・バレンタイン〜 4 +1+2+3+4+ Prev ← → Individual episode outline |
そして、放課後。
授業そっちのけで考えて、ようやく自分の気持ちに整理をつけられた。もう迷わない。彼に告白する! さあ、いざバレンタインに出陣よーーー!
「失礼します!」
私は張り切って、数学準備室の扉を開けた。
「よ、倉敷じゃん」
本や雑誌やプリントやスポーツ新聞。机上にうずたかく積まれた紙のバリケードの向こうから、飄々とした声が聞こえてきた。あ。
「三浦先生。こんにちは」
言いながら部屋に入っていくと、先生は口をもぐもぐ動かしながら、片手を挙げた。先生の前の机には、数学部員全員で贈ったチョコの箱がある。今日は部活ないから、昨日のうちにみんなで渡しておいたものだ。
「これ、うまいぜ。サンキュ」
「あ、どういたしまして。よかった、気に入ってもらえて」
「お前も食う?」
「えっ、いいの?」
と、私は思わず弾んだ声を上げた。だって、ゴディバだよ! 一個三百円もするようなチョコよ!
「いいって。食え食え」
「そ、それじゃあいただきます……」
と、一つつまんで、そっと口に入れる。……わあ〜。
「おいし、いーーーーー!」
落っこちそうになったほっぺたを押さえて、私はその場にふにゃふにゃと蕩けてしまった。きゃー。きゃー。きゃー。
「うわー、やっぱり一流どころが作るチョコは違うなあ。どうやったらこんなおいしくなるんだろ、私の作ったチョコとは、月とスッポン……」
「へー。あのチョコって、倉敷の手作りだったのか」
「はい、一応自分で作ってみて……」
そこまで言いかけて、私はハタと言葉を止めた。「あの」チョコ……?
「な……なんで先生がそんなこと知ってるんですか? まさか……ここに置いといた私のチョコ、食べちゃったんじゃあ……!?」
「んなことするかよ」
三浦先生が、けっ、という顔で机に肘をつく。信用しきれず、私は慌てて棚から紙袋を下ろすと、中身を確認した。あ、よかった、ちゃんと四つあ、る……?
私の動きは、そこで止まった。
たしかに、ちゃんと包みは四つある。だけど、だけど……。
「……………………三浦先生」
「なんだ」
「この付箋は、なんでしょう?」
そう。
なんと、包みにつけていた付箋が、書き換えられていたのだ。あの、「チョコ」「チョコとカード」「クッキー」「クッキーとカード」っていう、付箋よ! あれがないと中身がわからないっていうのにーーー!
三浦先生はものすごく楽しそうに、にっと口の端を上げた。
「その付箋はだな、先生から教え子への愛のプレゼントだ。嘘つきクイズの、実践編。カードが入っている箱には本当のことが書かれてるが、カードが入っていない箱には嘘が書かれてる。──さあ。解けるか?」
私は絶句した。こっ、こっ、この人は……。
(命題2)
目の前に、ラッピングされた4つの箱があります。
中身はそれぞれ、チョコレート、チョコレートとカード、クッキー、クッキーとカードです。
箱にはそれぞれ付箋のメモがついています。カードが入っている箱には本当のことが書かれていますが、カードが入っていない箱には嘘が書かれています。
さて、それぞれの箱の中身は何?
A「Bにはカードが入っている」
B「Aにはクッキーが入っている」
C「ここにチョコレートが入っている」
D「ここにAと同じお菓子が入っている」
「な……なんてことするんですか、なんてことするんですか、なんてことするんですかーーーー!!!」
私は半泣きになって、先生にくってかかった。ひどいわ、先生! もし間違えたら、バレンタイン台無しじゃない!! かといって、雑誌見ながら一生懸命凝ったラッピングしたものを、ここで開けちゃったら、もう一度包み直すのは至難の業だ。結局、クイズに正解する以外道はないってことじゃないのーーーっっっ。
「はははは、安心しろ、ちゃんと解が出るように書いといてやったから。それにしても倉敷、手作りモンを四人に配る気かよ。気の多い奴ー」
「ほっといて下さい、先生には関係ないじゃない! 一生懸命作ったのに、夜中までかかってラッピングしたのに……」
涙が滲んでくる。先生は気を削がれたように、私が掴んでぐちゃぐちゃにした白衣の襟を直した。
「ま、そりゃ、お前がバレンタインに誰に何贈ろうが、俺には関係ないけどな。……でもまあ、倉敷なら、これくらい解けるだろ? 俺もそう思ったからこんな真似したんだ」
「はい……」
私はぎゅっと涙を拭った。先生は悪気じゃないのよね、ただ面白がってるだけ。それはわかってる。
今回のバレンタインって、なんだかやけに障害が多くてめげそうになっちゃうけど、でも、これがきっと最後の関門だわ。ちゃんと三人それぞれに好きなお菓子を贈って、それでもって、好きな人にだけカードを贈ればいいのよ。大丈夫。こんな嘘つきクイズくらい、クリアできるわ。
私はペンを取ると、それぞれの付箋の下に、渡すべき相手の名前を書いていった。
これを、雄大に。
これを、ヒコに。
そして、これを、トモくんに。
ちゃんと渡せばいいのよね。それで私のバレンタインは終わる。
「おい、これには名前書かなくていいのか?」
と、三浦先生が余った包みを持って言った。
「いいんです。それは、余りですから」
「ふうん??」
三浦先生は、包みを持ったまま首を傾げている。
うーん、いっそ、余ったチョコは先生に上げちゃおうかな? あ、でも、中身があれだし……渡すなら、ちゃんと事情を話さないと。
「どうした?」
三浦先生が顔を上げた。その瞬間、私は不意に、何もかも話してしまいたい衝動に駆られた。
そう、よね……。三浦先生、一応先生だし、男の人だし。事情を話した上で相談してみれば、何かいいアドバイスがきけるかもしれない。正直、このまま彼に告白しちゃっていいのかな、って迷いは、今でもあるわけだし……。
どうしよう?
私の前には、四つの道がある。
ひとつの道は、雄大に。
ひとつの道は、ヒコに。
ひとつの道は、トモくんに。
そして、最後の道は、とりあえず三浦先生に繋がっている。
今なら、どの道も選べる。今がまさに選択の時。
私は──。
私は。
そして私は、運命の決断を下した。
(To be continued.
Wait until White Day!)